3.学生らしい髪型とは




校門を入ると、本来なら新一年生を出迎えるべく、各クラブの代表者たちが待ちかまえているはずだが、今はもうがらんとしている。講堂の方からスピーカーを通した声が漏れ聞こえて来て、すっかりオリエンテーションが始まっていることを示していた。

「やっべ、もう始まってら。」

彼は祥太郎をストンと下ろすと、今度はがっちり手を握った。ニッと笑って見せると、意外なほどの子供っぽい表情が現れる。

「こっそり入るぞ。遅れんなよ。」
「あ、僕、こっち…。」
「馬鹿いうな、遅刻者は後ろからこっそり行くのがセオリーだぜ。早くしろって。」

生徒会役員と少しの職員がいるはずの、前の扉から入ろうとした祥太郎は、あっさり引きずられて、講堂の後ろの扉へと向かった。
講堂後方の引き戸の前にかがむと、彼は扉に耳をつけた。喧騒が伝わってくる。

「今行くと、目立つな。もうちょっと待っか。」

石段にぺたりと腰を下ろして、祥太郎の顔を改めて見ている。やがて大きく頷いて、彼は人懐こい笑みを浮かべた。

「おまえさあ、いくら入学前で私服オッケーだっても、それはちょっとやばくね?」
「えっ、やばいって…なにが?」

祥太郎は慌てふためいて身の回りを改める。昨日直哉に襲われたせいで、時間すれすれに出てきた祥太郎である。せっかく新調したピンクのネクタイは愚か、服を選ぶ間もなくて、その辺に投げてあった普段着を適当に着てきてしまった。そういえばこれは直哉のお気に入りの服装だったかなと、いまさらのように思う。

「可愛すぎっての。そんな可愛い格好で無防備に歩いてると、襲われるぜ?」
「え…そうかなあ…。」

実はもう、襲われた後だとはとても言えない。

「そ、そんなことより、その髪…。」

祥太郎は思わずつばを飲み込んでいた。教師として、彼のピンク色の髪の毛を注意しないといけないのだろうか。確かに放任主義の白鳳学園には厳しい規律はなく、服装やヘアスタイルにしても、「学生らしいものを望む」とかかれているだけだ。
だがピンク…それは一体どうなのだろう。

「いい色だろ?」

彼は祥太郎の戸惑いなど無視して、頭を振って見せた。ピンクのとさかがばさりと震える。

「それは、やりすぎじゃないの…、いくらなんでも、ピンクはさあ…。」
「髪ひとつ染めたくらいでがたがた言われないって聞いたから、ここの学校受けたんだぜ。これくらい、どってことねえよ。それにさあ…。」

彼は突然腕を伸ばした。首をいきなり抱きこまれて引き寄せられる。頬と頬とがくっつきそうな距離に祥太郎が息を飲むと、彼は嬉しそうに目を細めた。

「お前の髪だって、染めてんじゃん?」
「こっ、これはっ、天然だも…っ うひいっ!」

髪の中に指を突っ込まれてガシャガシャとかき回された挙句、耳にふうっと息を吹きかけられた。栗色の天パはきっといつもよりさらにあちこちを向いてしまったに違いない。おまけに、夕べも散々直哉に嘗め回された耳に息を吹きかけられて、祥太郎は腰が砕けそうになった。飛び退こうにも、首をがっちりホールドされたままだ。

「おっ、感度いい! サイコー!」

彼は声を潜めてひとしきり笑った後、耳をそばだてる仕草をした。講堂から漏れ聞こえてくる声が一段落していた。

「みんなが立ったら入るぞ。こーゆー集まりってのは、何度も無意味に立ったり座ったりさせんだ。」

彼の言葉どおり、がたがたと椅子のなる音がする。
彼は、祥太郎の首を抱えたまま、そろりと引き戸を開けた。





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